サバール Sabar
サバールとは、セネガル特有の太鼓の総称で、オーケストラで演奏されることが多い。
使われる太鼓は、「ンデール」、「ンブンブン」、リーダーだけが使う「ゴロン・ンババス」など主に6種類で、それぞれ形、サイズ、音が違う。
叩く場所や、叩き方により、下腹に響く「ドゥン」という音の太鼓、ひときわ高く響く「カーン」という乾いた音の太鼓、柔らかく重ねられる「ポン」という音の太鼓などがある。
太鼓の種類によりその高低や響きが変わり、その重なりで多様なリズムを紡ぎ出している。
構造や音色の異なる数種類の太鼓を、異なった人が分担し、1つのまとまったリズムを創り出す、高度な音楽性を持った太鼓のオーケストラがサバールである。
日本の和太鼓のグループが、長胴太鼓や締太鼓や桶胴太鼓など、異なった種類の和太鼓を、異なった演奏者が、異なったリズムを演奏するのと同じである。

サバールは、元来、シン王国のセレール族が演奏していた《サバール》という音楽のリズムが、サルーム王国に広がり、そこからウォロフ族の移民によってウォロフ王国に伝わった、と言われている。
人々がコミュニケーションを取るのにサバールは大変有効なツールだった。例えば、家族の誰かが他の人を必要とした時、サバールを叩いて呼び出した。単純にリズムを繋げるだけで十分だった。また、太鼓を通じて議論することができた。かつて、王様は国民に話しかける際、太鼓を通じて呼びかけを行った。人の訃報を知らせる時も太鼓を使った。いろいろなメッセージが太鼓で送られた。
グリオは王様にだけしか太鼓を叩かなかった。当時は、各々のリズムに意味があり、結婚を知らせるリズムと、命名式を知らせるリズムと、葬儀を知らせるリズムは異なっていた。
レブ―族では、太鼓は病気を治療する役割があった。祈祷の際は、太鼓が用いられた。誰かが病気になった時、人々は《祈祷》を行い、サバ―ルを演奏した。病人を治療するためには、悪霊の名前を告げながら、リズムを叩く。このようにして病人は太鼓による治療を受けた。
レブ―族では、「ンドゥップ Ndëpp」という悪魔祓いの儀式の際にサバールが演奏される。
例えば、病人がでた場合、病気の悪魔の名前を叫びながら、7本のバチを使ってサバールのリズムを叩けば病気が治る、と言われている。
漁業の民であるレブ―族には、「海に漁に行く前に太鼓を叩くと、悪霊が退散し、幸運が訪れる」という言い伝えがある。
また、太鼓で使われている動物の皮の一部を身に付けると、太鼓が壊れた時、幸運が訪れると言われている。
結婚式や命名式や路上のダンスパーティーなどでは、サバールと呼ばれる太鼓のオーケストラが演奏を行う。オーケストラは下記で説明する太鼓で編成され、対照的な2つ以上のリズムを同時に演奏することによりポリリズムPolyrythmieをつくりだす。
女性たちは路上に輪になって座り、ダンスをするスペースを確保する。サバールの演奏が始まると、女性たちは交互に中央に行き、太鼓を演奏する人の前で踊り始める。太鼓のソロ奏者は、リズムを速めたり、遅くしたりして、リズムをコントロールし、ダンスをする女性たちとの瞬間的な一体感に全エネルギーを集中する。
サバールのオーケストラは、「ンバラMbalax」という独特なリズムで女性たちを挑発し、エキサイトさせる。何かに突き動かされたような激しく踊る女性たちのダンスには、力強い生命力を感じられる。
1950年代、サバールのリーダーだった、ブナ・ンバス・ゲイBouna Mbass Guèyeやマダ・セックMada Scekは、歌を歌い、ダンスを踊りながら闘技場に入場(バクBàkku)するセネガル相撲の力士たちに対し、サバールを演奏して闘争心を鼓舞した。この演奏でサバールの重要性と存在感が大いに高まった。(投稿記事『セネガル相撲 バク』参照)
1960年のセネガルの独立まで、サバールは主に次の行事や儀式で演奏されていた。
1.サバール (昼間行われる町や村のお祭り、結婚式、命名式)
⦅結婚式⦆

⦅命名式⦆(生まれて7日目に、名前を公に知らせる儀式。)


2.ジェバルJébbal (新婚初夜を知らせる儀式)
3.ラーバーンLaabaan (新婚初夜の翌朝に、新婦が処女であったことを知らせる伝統的儀式)
4.シンブ・ガインデSimb gaynde (ライオンのダンス)

5.ンバパット Mbapattes (収穫後、夜間に市町村間で行われるセネガル相撲の試合)
(投稿記事『セネガル相撲 ンバパット』参照)


6.カサッグKasag (夜間に行われる男子割礼の祭り)


左側に割礼をした子どもたち、右側にサバールのオーケストラ。
7.ンデップ Ndëpp (レブ―族が行う、ダンスによる悪魔祓いの儀式。ダンスを踊る女性はトランス状態におちいる)
(投稿記事『ダンス ンデップ Ndëpp』参照)

8.タンヌベール Tànn-béer (町や村の夜の祭り)
(投稿記事『ダンス タンヌ・ベール』参照)

その他、サバールは、公式行事、政治集会、文化イベント、スポーツ試合などでも演奏されている。
1960年代終わり、《太鼓の巨匠》ブナ・ンバス・ゲイBouna Mbass Guèyeは、『セネガル伝統叙情アンサンブルEnsemble lyrique traditionnel du Sénégal』の責任者となり海外公演を行った。また、《太鼓の神様》のドゥードゥー・ンジャイ・ローズはCD《Djabote》をリリースし、サバールを国際的に広めていった。
セネガルのスーパースター、ユッスー・ンドゥールは、1970年代に、イスラム教の儀式音楽と「ンバラ」のリズムに、ラテン音楽、ジャズ、ファンク、R&B、ロックなどを融合させ、新しい音楽スタイルをワールド・ミュージックとして確立した。
この新しい音楽を「ンバラ」と言い、またその音楽に合わせて踊るダンスも「ンバラ」という。
「サバール」は本来、太鼓のオーケストラを意味していたが、「ンバラ」の成功により、その伴奏で踊る「ダンス」や「音楽」も「サバール」と呼ぶようになった。
「サバール」の意味をまとめると次のようになる:
①女性たちが組織する路上ダンスパーティー。
②色々なイベントで演奏される太鼓のオーケストラ。
③《ンデール》と呼ばれる、ソロで演奏される太鼓そのもの。
④ダンスを盛り上げる、《ンデール》のリズム。
サバールは、民衆の生活に深く溶け込んでいる言える。
一般に、サバールの太鼓の胴体にはディンブDimbの木の幹が用いられ、ラオベLaobéという木こり・木工職人の集団が製作している。鼓面にはヤギの皮が用いられる。(ディンブの木については、投稿記事『クスクス料理:チェレ・ディンブ』参照)

サバールで使用される典型的な太鼓:
1.ンデール Nder

細長い形が特徴。この太鼓をサバールと呼ぶこともある。
オーケストラのリーダーなど中心人物がソロを演奏するのに使用する太鼓。
パワーのある、良く通る音を出し、華やかさがある。
くりぬいた木に皮を張った片面太鼓。胴体が下まで貫通している。
利き手でガラニュGalagneと呼ばれるバチを持ち、もう一方の手のひらとのコンビネーションで、多彩なトーンを叩きだす。



2.ゴロン・ンババス Gorong Mbabasse


胴体が臼状になっていて、底がふさがっている太鼓
乾いた高音を出す。
ンデールより少し小さいが同じ機能をもつ。ソロ演奏用。
サバールのレジェンド、ドゥードゥー・ンジャイ・ローズが創った太鼓で、リーダーだけが使うとされている.。
3.ランブ Làmbまたはチョール Thiol とも言う。

胴体が臼状になっていて、底がふさがっている太鼓
鈍い低音の太鼓で、「トゥリTouli」のリズムを刻む。
一般に太鼓オーケストラのリーダーが演奏するが、サブリーダー格が演奏することもある。
伴奏も行う。
現地で録音した「トゥリTouli」のリズムを聴いてください。
「トゥリTouli」のリズムの伴奏を聴いてください。
セネガル相撲で、力士が闘技場で行進する際、リーダーが太鼓オーケストラを指揮し、力士はひもを太鼓に巻き付けて悪霊を追い払う。




4.ゴロン・タルンバット Gorong Talmbat

胴体が臼状になっていて、底がふさがっている太鼓。
ベースリズムを担当する太鼓
乾いた音で、主にトゥリTouliのリズムの伴奏を叩く。
手とガラニュGalagne(スティック)を使って演奏する。
比較的新しい太鼓で、ドゥー・ドゥ―・ンジャイローズが創った。
「タルンバット」のリズムをキープしながら、「ンバラ」をさらに魅力的にしている。
5.ンブン・ンブン Mbëng Mbëng

大きさは中位。胴体が下まで貫通している太鼓。
音色は中低音担でアクセントを入れたり、オーケストラの味付け役。
手とガラニュGalagne(スティック)を使って演奏する。
伴奏を行う。安定したリズムを与え、演奏者全員の基準のリズムとなる。
主メロディーや、「ンバラ」の伴奏のリズムを叩く。
大きさによって次の種類がある:
①ンブン・ンブン トゥグニ:小型のンブン・ンブン Mbëng Mbëng Tougni

②ンブン・ンブン ンバラ Mbëng Mbëng Mbalax

6.ツングニ Tounguni

胴体が下まで貫通している最も小さい太鼓。小型のンブンブン。
ツングニはウォロフ語で「小人」という意味。
高音でトゥリTouliのリズムを叩く。
独特の中低音が出るので、リズムにアクセントを付けることができる。
手とガラニュGalagne(スティック)を使って演奏する。

ンデール Ndeer
ゴロン・ンババス Gorong Mbabas
ランブまたはチョール Lamb Thiol
ゴロン・タルンバット Gorong Talmbat
ンブン・ンブン Mbëng Mbëng
(Cahier d’ethnomusicologieより転載)
サバールの編成
サバールの太鼓の編成は、催し物の内容やダンスの種類によって変わる。
例えば、
《結婚式》
・ンデール 指揮用
・ンデ―ル 伴奏用
・ランブまたはチョ―ル 和音用
・チョ―ル 低音
・ンブン・ンブン・ンバラ
・ンブン・ンブン 伴奏用
・ツングニ 伴奏用
・ゴロン・タルンバット
《命名式》
・ンデール
・ランブまたはチョ―ル 和音用
・ランブまたはチョ―ル 低音
・ンブン・ンブン
・ツングニ 和音
・ツングニ 低音
《割礼の儀式》
・ンデール 指揮用
・ンデール 伴奏用
・ランブまたはチョ―ル 和音用
・ンブン・ンブン・ンバラ
・ンブン・ンブン 伴奏用
・ツングニ 伴奏用
・ツングニ 低音 伴奏用
・ゴロン・タルンバット・ゴロン・イェーグル
《セネガル相撲 力士の行進》
=ツース=(イスラム教徒やウォロフ族の力士の場合)
・チョ―ル 低音 指揮用
・ランブまたはチョ―ル 和音
・ンデール 伴奏用
・ンブン・ンブン
・ツングニ
・ゴロン・タルンバット
=サッチュ=(セレール族の力士の場合)
・ランブまたはチョ―ル 低音 指揮用
・ランブまたはチョ―ル 和音用
・ンデール 伴奏用
・ンブン・ンブン
・ツングニ 低音 伴奏用
・ゴロン・タルンバット

右から
・ンデール Ndeer
・ゴロン・タルンバットGorong Talmbat
・ゴロン・ンババス Gorong Mbabasse
・ランブまたはチョール Làmb Thiol
・ンブン・ンブン Mbëng MBbëng
サバールのフォーメーションの一例

太鼓のリズムの演奏順序
リズムの演奏順序は、曲の始めから終わりまで厳格に決まっていて、そこから太鼓全体のハーモニーが生まれてくる。
夜間、行われる女性達の路上ダンスパーティー(タンヌベールTànn-béer)では、下記の順序でリズムが演奏されることが多い (『Sabar Paradise』より引用):
1.タグンバール Tagou M’Bal ⇒ ドホル ⇒ バク Bak
サバールのオーケストラのリーダーが、まず、「タグンバール」というソロを叩き、その後に「ドホル」、「バク」などのリズムが続く。
ここは、太鼓奏者が脚光をあびる場面で、どんな曲を選び、どんなアレンジで展開してゆくのか、リーダーの腕の見せ所。
最後に「アルディン」が演奏される。
↓
2.アルディン Ardine
アルディンが始まる。
ダンスリズムではないが、ダンスが始まるひとつ前の曲。
ミディアムテンポから始まり、だんだん早くなってゆく。
他のリズムをアドリブで短く挿入し、変化をつける奏者もいる。
アルディンはこれからダンスが始まるという合図の曲。女性たちはそれを聞きながら、踊る準備を始める。
↓
3.ファロゥジャル Farwoudiar
ファロウジャルのリズムが始まる。
現地で録音したファロウジャルのリズムを聴いてください。
ファロウジャルのリズムの伴奏を聴いてください。
タンヌ・ベールTànn-béerなどの伝統的なダンスパーティーでは、必ず最初に踊る曲。
前のアルディンのリズムから切れ目なく、リーダーの合図で始まる。
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4.チェブ・ジュン Cebu Djën (投稿記事『ダンス チェブ・ジュン Cebu Djên』参照)
チェブ・ジュンのリズムが始まる。
セネガルの国民食、「チェブ・ジュン」が名前の由来。
セネガルの女性はこのダンスとリズムが大好きで、このリズムが始まると、誰でも踊りたくなるようだ。
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5.バラ・ンバイ Barra M’baye (投稿記事『ダンス バラ・ンバイ Barra M’Baye』参照)
バラ・ンバイのリズムが始まる。
赤ちゃんの命名式で演奏されるリズム。
テンポが限界まで早くなってから、再びミディアム・テンポに戻るパターンの他、色々なバリエーションがある。
かなりとっつきにくいリズムではあるが、特徴的なタルンバットを聞きながらうまくリズムに乗ると、なんともサバールダンス独特の醍醐味を味わえる。
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6.カオラック Kaolack (投稿記事『ダンス カオラック Kaolack』参照)
カオラックのリズムが始まる。
セネガル第3の都市、カオラックで生まれたダンスリズム。
このリズムは4分の4で乗れるので、チェブ・ジュンと共に踊りやすいリズム
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7.ルンブル Lembeul (投稿記事『ダンス タート・ラウベ Taat Lawbe』参照)
ルンブルのリズムが始まる。
「タトゥ・ラウベ Taat Lawbé」とも言われるリズム。
タマが登場する。
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8.ニャリ・ゴロン Nyari Gorong
「2つの太鼓」という意味のこのリズムは、お金が足りなくてバンドを雇うことができなかた時代に、サバール2台で演奏された曲だった、という説がある。
2種類のリズムでも成立するが、実際に演奏される時は、必ずしも太鼓2台というわけではない。一緒にタマが演奏されることが多い。
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9.ダガニュ Dagagne
ダガニュのリズムが始まる。
ニャリ・ゴロンと同じ、またはバリエーション。
一緒にタマが演奏されることが多い。
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10.ンババス M’Babass (投稿記事『ダンス ンババス M’Babass』参照)
ンババスのリズムが始まる。
現地で録音したンババスのリズムを聴いてください。
ンババスのリズムの伴奏を聴いてください。
もともとは王様の凱旋を祝うリズムだった、と言われている。
ニャリ・ゴロンをより華やかにしたリズム。
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11.ヤバ・コンポ―ゼ Yaba Composé
ヤバ・コンポーゼのリズムが始まる。
漁師の奥さんたちが、大漁の時に踊ったお祝いのダンスで、セネガル北部の港町、サン・ルイで生まれた。
サバールにしては珍しく、ゆったりしたリズムなので、年配の女性に人気がある。
セネガル国立舞踏団では、サバールダンサーたちが登場する時に演奏される。
スローなテンポが心地よいリズム。
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12.ラース Reuss
ラースのリズムが始まる。
昔は、タマだけで演奏されていた。
8分の6拍子のような、ゆったりとした感じのダンス。
ゆるんだ太鼓の皮を張る作業
皮がゆるんでくると、石で叩いて皮を張ったり、ローソクの火に太鼓の穴を突っ込み、皮を乾燥させる。

太鼓をたたくバチ
太鼓を叩くバチは、「スンプSump【1】」の木の枝または「タマリンドTamarind【2】」の木の枝を用いる。

【2】タマリンドについては、投稿記事『マドレーヌ諸島国立公園 :ダカールまたはタマリンド』および『ダカール・バマコ鉄道横断の旅:タマリンド」』参照。

学名:Balanites aegyptiaca
和名:バラニテス
仏名:Dattier du désert (砂漠のナツメヤシ)
原産地は東アフリカ。
果実は、400年前からエジプト人によって好まれて食べられていた。
葉が黄色くなると同時に実も黄色くなる。
黄色くなって地面に落ちた実だけを食べる。村では、子供達が飴玉のようにしゃぶって食べているのを見かけるが、大人達にも人気がある。ダカールの街角でも売られている。
食べると、どこか汗臭い匂いがするが、プリンの(焦げすぎた)キャラメルシロップのような甘さがあり、後味がほろ苦い。
種子は食用油を抽出することができ、血圧を低くする油ということで重宝がられている。かつては、シアバターの代用となっていた。この油で石鹸を作ることもできる。
茎は、歯や歯ぐきをしごく「ソッチュ」として人気がある。歯ぐきの炎症を抑える。
樹皮から、黄緑色または橙色の樹液が出る。甘いので村人達はすぐにその場で樹液をなめてしまう。また、樹皮を釣り用の毒物として使用する地方もある。
枝には緑色の細い棘が螺旋状(輪生)に生えている。硬く真っ直ぐで長さ8cm以上になる。この棘は牛や羊の心臓に刺し、呪いをかけるために用いられることがある。
また、棘は車のタイヤをパンクさせてしまう釘のような威力がある。一度、スンプの木陰に車を停めて昼食を取ったら、いつのまにか棘がタイヤに刺さっていて、走行中パンクをしてしまったことがあった。