トウジンビエを使った料理
クスクス料理は、元々セレール族の料理だったが、次第にセネガルの国内中に広がっていった。お米料理と同じくらいソースのバリエーションに富んでいて、多彩なセネガル料理である。
基本的には、「スングフ」の粉を極小の粒にした「チェレ」を蒸したものを⦅クスクス⦆と呼ぶ。それを用いて作った料理が⦅クスクス料理⦆であり、⦅チェレ料理⦆である。
ただし、「チェレ」を使わない、トウジンビエの穀粒を材料にした食べ物も便宜上、⦅クスクス⦆と呼ぶことがある。
バシ・サルテ Baasi salte
またはチェレ・ボンブ Cere Bomb
元々は、セレール族の料理で、シヌ・サルーム地方で食べられていた。
小粒の「チェレ」を使用する。(中粒の「チャクリ」を使用する家庭もある)
ソースに落花生のペーストを入れるのが特徴。
牛肉または羊肉(肉を買うお金が無い時は、魚の燻製ケチャハを使う)、鶏肉、玉ねぎ、トマト、ニエべ【1】 ñeebe (白いんげん)、生の落花生【2】、人参、サツマイモ、ナス、キャベツ、かぶ、ニャンビNãmbiまたはプローフPulloox(キャッサバ)【3】、ヨンブ【4】Yomb (ウリ科ユウガオ属ゆうがおの実)などの野菜をふんだんに使い、落花生のペースト【5】を加え、じっくりと煮込んだ豪華なクスクス料理。
落花生を皮のまま煎り、機械で潰したティガデケTigadegeという落花生のペーストを使うので、ソースは濃厚でとろみがあり、味はこってりとしている。
バシ・サルテで使われている興味深い具材:
ニャンビは、キャッサバのことで根茎部を食べる。有毒のものと、無毒のものがあるが、無毒の生のニャンビが、道端で売られていたので買って食べたことがある。炭火で焼いて塩をふりかけただけのものであったが、高級料亭で出て来てもおかしくないような絶妙な味わいだった。
学名:Lagenaria siceraria
ヨンブは、かんぴょうをつくる「ゆうがお」と同じ仲間。『源氏物語』の夕顔は魅力的でした。
バシ・サルテは、一般に「金持ちのチェレ」と言われている。
クスクス自体に、干しブドウやひよこ豆を混ぜることもある。
調理に3時間ほどかかる手の込んだ料理。
見た目はあまり美しくない。クスクスは少し酸味があるが、雑穀のヘルシーな感じがする。ピーナッツの固さに存在感があり、本場ベルベル人のクスクスに入っている「ひよこ豆」を連想させる。
全体的にピーナッツの味が強いので、ご飯にピーナッツソースをかけて食べる「マフェ」のようだが、マフェより上品で繊細な味が感じられる。肉を食べると何故かリッチな気持ちになるのが不思議。ラーロを混ぜているので、のどをするっと通る。ノコスという調味料の味が良く効いている。ユンブの実自体は、とろっとした感触で、味が無いが、クスクスの味を引き立ている。
通常の夕食でも食べるが、宗教行事のお祝いによくたべる御馳走。特に、イスラム暦の最初の月の10日目に当たる祭日(タマハリットTamakharitまたはアシュラAchoura)に、イスラム教徒が家族と一緒に食べる伝統的な料理。
チェレ・タマハリットとも呼ばれている。
子供たちが近所の家を回って、新年のお年玉をもらう《タジャボンTaajabóon》が終わったら、家族でバシ・サルテを食べる。
近所の家を回る時、男の子は女装、女の子は男装をし、「タージャボン!ウレイ!」と皆で合唱しながら町中をねり歩く姿は可愛らしい。
(子供たちが歌う『Tajabon:Wëllëy』を、イスマエル・ローが美しくアレンジをして歌っています。YouTubeで、Ismaël Lôの『Tajabon』(Clip officiel)を聴いてみてください)
一般的に、この料理の名称に「バシBasi」と表記されることが多いが、公式の『ウォロフ語-フランス語辞典』によると、「バシBasi」は「大粒の雑穀のモロコシ(ソルガム)」を意味する。この料理にはモロコシを材料として使わないので、「バシ」という呼称はこの料理に適切ではない。一方、「バ―セBaase」という言葉があるが、これは「落花生のペーストとクスクスの煮込み料理」を意味する。
「バ―セBaase」または、その変形の「バーシBaasi」による表記がより正確であると思われる。
「サルテSaleté」は、フランス語では「汚れ」を意味するが、それでは全体の意味がよく分からなくなる。いろいろな資料を調べたが語源について解説している資料は見当たらなかった。諦めて、当時のメモをパラパラとめくっていると、セネガル文化省文化遺産局の担当者が筆者に説明してくれたメモを見つけた。そこには、「たくさんの具が入った」と書かれていた。
従って、「バーシ・サルテBaasi Salte」は、「たくさんの具が入った落花生のペーストとクスクスの煮込み料理」となる。「豪華チェレ」「ごちそうチェレ」と意訳することもできるかもしれない。
コリテKoritéと呼ばれる断食明けの祭りには《鶏肉》を使い、タバスキTabaski(犠牲祭)には《羊》、タマハリットTamakharit(イスラム暦の元旦)には牛肉と鶏肉を使う、のが一般的のようである。
バシ・サルテは、「チェレ・ボンブ」とも呼ばれるが、ボンブBombはウォロフ語で「チェレの中の具をよく混ぜる」という意味。「ボンブ」をフランス語的に「爆弾」と訳して、「爆弾チェレ」と表現するのは過激だろうか?。
プル族の人たちは、プル族独特の黄色いバター油、⦅ディウニョールDiw ñor⦆を混ぜて食べる。
ディウニョールは『田舎のバター』と呼ばれ、遊牧民のプル族が牛の乳から造る黄色いホットバター油。これを入れると、良い香りと味が出る。食べる時にボロボロせずに、口あたりがなめらかになり、呑み込みやすくなる。ラーロ(バオバブの葉を乾燥させ粉にしたもの)と同じ役割をしている。ディウニョールを入れるのはその家の好みによる。肌や髪につける化粧品として使う女性もいる。
若干、油っぽく重たい料理だが、セネガル人に人気がある。
Cere basse (チェレ・バセ)
バセ・サルテ(Basse salete)とほぼ同じであるが、チェレ・バセには皮をむいた生の落花生(Gerté Kemb)を加えない。キャッサバの葉が入ったソースを作ることもある。
チェレ・シィーム Cere siim
トマトピューレをベースにして魚(ボラ、ソンパット、イワシなど)または肉(牛肉や鶏肉)と若干の野菜(トマト、ニンジン、キャベツなど)を煮込んだ比較的シンプルなチェレ料理。(家庭によっては、野菜を入れないことがある)
小粒の「チェレ」を使用する。
シィーム(Siim)はウォロフ語で「ソースをチェレに浸み込ませる」という意味。
他のチェレ料理は、食べる時にソースをチェレにかけるが、このチェレ・シィームは食べる前にチェレとソースをよくかき混ぜ、味をよく浸み込ませておく。「シィーム」という言葉はここから来ている。チェレにソースを浸み込ませることによって呑み込み易くする目的がある。落花生は入れずに、トマトソースでさっぱりとした味付けにするのがコツ。
ウォロフ族の人達は前もってチェレにソースをかけることが多いが、セレールの人達は、チェレを準備する際に、チェレに適量のお湯をかけ、呑み込み易い状態にしておく。ソースは盛り付け時点にかける。
チェレ・ンブーム Cere mbuum ネべダイの葉のクスクス
「ネベダイNebedaay」(サブ・サブSaab-saabとも言う)と呼ばれる木の葉を用いたクスクス。葉と一緒に花びらを入れることもある。
別名「チェレ・ンブーム・オ・ネベダイCere mbuum au Nebedaay」。
小粒の「チェレ」を使用する。
伝統的なセネガル料理で、普通夕食に食べる。
ウォロフ族の料理。「ンブーム」はウォロフ語で「料理に使う新鮮な葉」を意味するので、ネベダイの葉でなければいけないということではないが、ネべダイの栄養価が高いため、特に、ネべダイが好まれている。ネベダイが無ければキャベツでも代用できる。
ネベダイは、和名をワサビノキと言い、日本では「モリンガ」の名で知られている。
滋養に富み、高い効能があり、枝を切って土に埋めても、すぐに木が生えてくる生命力の強さゆえに、《命の木》または《天国の木》とも呼ばれている。
これを食べていれば「死なない」ということから、英語の「Never Die」が訛って、「ネベダイ」になった、というまことしやかな説がある。
学名;Morinnga oleifera。高さ4~6mの落葉灌木で、たんぱく質、カルシウム、鉄、ビタミンCが豊富。成長が速く、旱魃に強い。
アメリカのNGOは、ネベダイの葉を調理して食べたり、その葉で作った粉末を他のソースに混ぜて食べると、栄養失調が顕著に改善されるという報告をしている。
妊婦の貧血、乳幼児の栄養失調が改善されたり、糖尿病患者の血糖値が安定したり、腸内の寄生虫が駆除されたり、授乳中の母親の母乳の出が良くなったりと、肯定的な結果が多く報告されている。この粉末を、子供が1日小さじ3杯を服用すると、必要な全てのビタミンが摂取でき、栄養失調の子供が服用すると、3週間ほどで治ると言われている。
葉の粉末は、チェレ・ンブームで葉の代わりに用いることもできる。
若葉も花も果実も根も野菜として食べられる。どれもマスタードの香りと辛い味がする(根が特に辛く香味があることから、「ワサビノキ」と呼ばれるが、わさびとは全くことなる植物)。
摘み取られた若葉はすぐに市場売られている。古い葉は家畜の飼料となる。アフリカの他の国々では、食器を葉で拭き取る民族がいる。
花は良い香りがする。ミツバチが頻繁にやって来て繊細な香りの蜜を作る。花をベニエ(天ぷら)で食べるとおいしいらしい。
長さ20cmほどのさや果(豆果)は、インゲン豆のように塩ゆでして食べる。酢の中に保存して調味料として使う。多量に食べると毒で、健康に良くない。さや果の中に、径1cmほどの球状の黒い種子が数個ある。種子は、ピーナッツのように炒って食べる。圧縮して良質の白い油を抽出することが出来る。これは、ベン湯と呼ばれ、機械油、食用油にする他、かつては時計油としても使われていた。
種子と根を杵で潰したものを水に溶かし、それを30分間かき混ぜた液は水を浄化する作用がある。この液を、淀んだ水など、浄化したい水の中に流すと、2~3時間で凝集・凝結が起こるので、残滓を容器の底に残して、水が入っている容器をそっと傾けると、きれいな水だけを取り出すことができる。この効能ははるか昔から知られていたが、おそらくこれは、他の木の周辺が雨水が淀んでいたにも拘らず、ネベダイの木の下だけが澄んでいたことから発見されたものと思われる。エジプトでは《浄化する木Shagara al rauwaq》と呼んでいる。
牛肉、タイなどの魚、イワシの燻製(ケチャハKecccax)、干し魚(ゲッジュGejj)、杵で潰した生の落花生(ゲルテ ノフライGerte noflaay)、トマト、イエット(干し貝)などを入れる。
最後にクスクスを少し残し、牛乳をかけて食べることもある。☜ 削除?
因みに、英語名は、「Neverdie」ではなく、「モリンガ」または、果実の形態から「Drumstick tree」、根の味から「Horse-radish tree」、種子から採れる油に注目して「Bensoil tree」と呼ばれている。
映画「007シリーズ」第18作目の「トゥモロー・ネバー・ダイ」の邦題とは全く関係がない。
セレール族の人達は野草の葉をチェレに入れる事を好み、ンドゥールNduur (和名:エビスグサ)やチャハットCaxat (ガガイモ科)の葉をクスクスに入れて食べる。
*ンドゥールNduur
学名:Cassia tora
和名:コエビスグサ
ンドゥールの葉を入れたクスクスはセレール人が好んで食べる。
カルシウム、リンなどのミネラル塩やビタミンCが豊富に含まれている。
種子の粉末は皮膚病に効く。
戦時中、種子をローストしてコーヒーの代用として飲んだ。
*チャハットCaxat
学名:Leptadenia asclepiadaceae Leptadenia hastata
ガガイモ科
プル族の羊飼いたちは、少し甘い味がする花を生で食べる。
ケガをした時、枝の樹液を傷口に塗って消毒する。
枝と葉を杵搗き、水に溶かした液を飲むと、母乳の出が良くなる。
飼い馬が腹痛の時は、根の粉末と卵を混ぜたものを飲ませる。