チェレ・ジャッハル

セネガル料理は大きく分けて、2つのグループに分かれます。ひとつはお米を使った「ご飯料理=チェブ」。もうひとつは、スーナ(トウジンビエ)あるいはバシ(モロコシ・ソルガム)を使った「チェレ=クスクス料理」。

一般的にセネガルの人達は、昼食には主に、チェブ・ジュン(魚ごはん)などのような「ごはん料理(チェブ)」を食べ、夕食には比較的腹もちの良い、トウジンビエを使った「チェレ(クスクス料理)」またはフォンデと呼ばれるトウジンビエのおかゆなどを食べます。

特に、都市部に住む人達は、チェレを始めから作る時間を節約するため、チェレを1週間分作り置きをし、必要な分だけを取ってお湯をかけて食べたり、または、できあいのチェレを買って食べたりします。

チェブ・ジュン (おこげ付き)
チェレ・ムブーム(ネバダイの葉入り)
フォンデ

小川了氏によると、お米は昔からカザマンス地方で栽培され、ジョーラ族の人々がよく食べていたようです。セネガル国民全体が多量に食べるようになったのは、第2次世界大戦以降で、つい最近のことです。前準備が重労働で手間のかかるチェレ料理に比べ、前準備がほとんど要らないお米調理が、チェレ料理に取って代わるのに時間はかかりませんでした。女性達はお米料理によって部分的に解放されたとも言えます。

クスクスはもともとマグレブ諸国に居住していたベルベル人の料理で、アラブ人の侵入以前から食べられていました。ベルベル語の「食事」を意味する「Seksu」がクスクスの語源です。このクスクスが、サハラ縦断交易の際、北アフリカのベルベル人などのムスリム商人によってセネガルまでもたらされたと思われます。本来のクスクスは、スパゲッティと同じデュラム小麦粉(デュラムセモリナ)から作られますが、セネガルではデュラム小麦の栽培ができなかったため、セモリナ粉の代わりにモロコシが用いられ、その後、トウジンビエを使った現在のチェレに至ったと考えられます(逆に、モロコシのチェレ料理が、ベルベル人によって北アフリカにもたらされ、それがデュラム小麦粉で作られ始めた、という経緯だとしたら、歴史的には面白いのですが…)。

トウジンビエは、杵で搗いて粉にしたものに少量の水を加え、手早くかき回して小さな粒状にし、蒸し器で蒸したものを料理に使用します。

チェレは一回作ると、1~2週間保存できるため、食べる時必要な分だけを手ですくってサッとお湯をかけ、固くなったチェレを戻します。冷めた頃に、作ったソースをかけて食べます。

粒状になり始めたチェレ
蒸したチェレ

「チェブ(ごはん料理)」には、チェブ・ジュン(魚ごはん)の他に、チェブ・ヤップ(肉ごはん)、マフェ(ピーナッツ・ソースごはん)などがあり、「チェレ(クスクス料理)」にも、チェレ・ンブトゥ(トカゲのクスクス)、チェレ・ヨホス(牡蠣のクスクス)、チェレ・ディンブ(ディンブという木の果肉のクスクス)など、共に煮込む具材を変えることによって、選択肢の幅が広い、バラエティ豊かなものとなっています。

セネガルの代表的な料理は、チェブ・ジュン(魚ごはん)ですが、今回は、睡蓮の実(胞子)
を用いた、セネガルでも珍しい、チェレ・ジャッハルを紹介します。

次のページでチェレ・ジャッハルの作り方を紹介します。

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