セネガル相撲

《若乃花とファラング》

上述したように、NHK取材班と共にセネガルを訪れた花田勝治氏(初代若乃花)は、ジャンデール村で村長となったファラングと出会っている。

相撲ルーツの東側ルートの日本の横綱と、西側ルートのセネガルチャンピオンが、およそ2000年の悠久の時を飛び超えて、固い握手を交わした。

握手する花田勝治氏(右)とファラング(左)
(『相撲ルーツの旅』より転載)

その時の様子を、石田雄太氏が『相撲ルーツの旅』で詳細に描いている。

2人の奇跡的で感動的な出会いにオマージュを込めて、少々長くなるがその場面を引用したい:

「今こうして日本の方々が、わざわざ私を訪ねてきてくれるのも、こうしてお会いできたのも、みんな相撲のおかげなのです。たとえば、大学教授になっても、これほどのお金を手にすることはできないし、もちろん、有名になることもたいへん、まれでしょう。

それほど、セネガルにおけるブルとは、立派な存在なのです。

ブルとは、神、アラー・アクブルの『ブル』をとったものです。ブルは、地上における『神の代理人』なのですから….。ブルが村人から尊敬されるのは当然です。たとえば私たちの村を悪人が攻撃したら、横綱がやっつけに行くのです。ブルは弱い者とは決して戦いません。挑発されたとき、挑戦されたとき、戦うのです。

私は村の若者によく話すのですが、相撲を取る心を忘れるな、と肝に銘じなければなりません。相撲はセネガル人にとって、とてもたいせつなものです。

力士は有名です。力士はだれからも好かれます。もし力士が死んでしまっても、彼の名が忘れられることはありません。だから、例え大学教授になっても、バスの運転手になっても、相撲だけは取りつづけなければならないのです。

セネガル人は、相撲を取る心を忘れてはならないのです」

親方のもとへ、ンジャイ村長がやって来た。日本からやって来た大横綱に敬意を表して正装した姿で、深々と頭を下げ、握手を求めた。セネガルでは、人に敬意を表するときに頭を下げる風習はない。日本の風習をどこかで聞いたのだろうか、それは最大の敬意の表れである。

「本当に、80歳とは思えないよなあ。背筋なんかピンとしてるよ」

親方は感心しつつ、うれしそうに、ンジャイ村長と握手を交わした。…..

この日、親方は、あらかじめ用意してきた日本の相撲を説明したビデオを、ンジャイ村長をはじめとしたジェンデール村の人びとに紹介した。….

しかし、なにより驚いたのは、親方の現役時代、土俵の鬼・若乃花の取組みが紹介されたときの人びとの反応だった。「これは私の現役のときだね。これ私」と画面を指差す親方の言葉を理解したと同時に、モニターを取り囲むすべての人の姿勢が前屈みになり、画面を食い入るように見つめ始めた。静寂のなか、若乃花の鋭い投げが決まると、いっせいに大歓声が沸き起こった。まさに割れんばかりの拍手喝采である。

「いやあ、自分でこうやって見るのは恥ずかしいものだね」

親方は照れるように笑顔を見せた。ンジャイ村長は、ふたたび最敬礼をして、親方に握手を求めた。

「私は今、二子山さんの相撲を見せていただきました。二子山さんはひじょうに力強く、技も巧みでした。二子山さんは日本でとても有名で、みんなから愛されている力士だと聞いています。そのとおり、彼は技術的にとても優れているので、相手を戦いの場から追い出すことができたのでしょう(押しだしのことだと思われる)。二子山さんが足を掛けて相手を倒したのもちゃんと見えました」

ンジャイ村長は、とつとつと親方の相撲について話した。

「まったく残念なことに、私は現役の頃、日本の相撲については何も知りませんでした。二子山さんも、相撲取りだった頃はセネガルの相撲を知らなかったでしょう。だから、日本とセネガルの相撲が交流することも、もちろんありませんでした。もっと早く知り合えばよかったと心から思います」
ンジャイ村長はいつものように悠然とした口調で言った。

アブドゥラマン・ウンジャイ《ファラング》は、2005年7月12日に逝去されました(享年94歳)。また、花田勝治氏は、2010年9月1日に逝去されました(享年85歳)。

もはや叶わない夢ではありますが、日本の大横綱とセネガルの伝説のチャンピオンが、同じ土俵の上で闘うところを見てみたかったものです。

《Remerciements》

Merci infiniment pour l’aimable collaboration apportée par Mr. Ibra Yade, Directeur Technique de la CGT avec deux lutteurs qui ont fait la démonstration avec patience des prises de l’attaque de la lutte sénégalaise.

撮影当日、相撲の攻撃技を説明してくれたイブラ・ヤドゥ(CNG技術部長)自らが、まわし用の布を市場まで買いに行ってくれました。

彼が帰って来るまで、延々3時間待ったので、写真撮影が大幅に遅れましたが、二人の力士は、嫌な顔ひとつせず、相撲の技を静止状態で忍耐強くポーズを取ってくれました。

(写真撮影の前は緊張からか、二人は怖い顔で私を睨んでいましたが、ひとたび撮影が始まると、始終笑顔でとても楽しそうでした)

大変貴重な写真が撮れました。御協力ありがとうございました。

【参考文献・Webサイト】

・『Lexique du françai du Sénégal』   NEA/EDICEF

・『相撲ルーツの旅』NHK取材班/石田 雄太 NHK出版

・『セネガルとカーボベルデを知るための60章』小川 了 明石書店

・『世界のスポーツ 5その他の地域』友添秀則監修 学研

・『LUTTE AVEC FRAPPE  Réglements généraux』CACLAF

・『MANUEL DE LUTTE AFRICAINE Tome 1、Tome 2』CONFEJES

・『Evénement Sportif de la Jeunesse』ANPS

・『Afrik.com』03/06/2005 & 17/02/2006

・『Le Mazine de Référence No.66 Mai 2011』

・『Nouvel Horizon No. 555 12-18 Janvier 2007』

・『Zenith』

・『Sud Quotidien 14/05/1999, 8/7/1999 et 19/10/1999』

・『Sunu Lamb』

・『POPulaire』04/09/2000

・『Relax Magazine』Mars 2007

・『大相撲決まり手大図鑑 全82手』ベースボール・マガジン社

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